歴史の道七曲坂太鼓櫓の市民緑地城址緑地の整備

協働による里山復活 歴史の道 七曲坂へようこそ!


人任せにしない歴史まちづくり

「まちづくりを人任せにしない」、これは私たちの気構えです。
「無償ボランティア」、これが市民活動のメインエンジンです。
「玉縄城フィールドミュジアム」、それは私たちがめざすまちづくり目標です。 「歴史まちづくり」、それは玉縄城をランドマークとする地域起しの手法です。

そして、市民と行政がお互いの垣根を越え、対等の当事者として「協働」する、 そうすれば目標に向って確かに一歩一歩前進できる―。この確信をもって私たちは、 楽しい「汗かき」を続けています。

◆ボランティアするひと ―鎌倉・玉縄城から―

―「人間のための地域づくり」、「無償ボランティア」、「協働で垣根越え」を掲げ、私たちは鎌倉で玉縄城址まちづくり会議の 活動をやっています。北条早雲が500年前に築城し、いまは殆ど失われた玉縄城をランドマークとする歴史まちづくりをめざす。 そして地域の方々と玉縄城築城500年祭を進めた。民俗資料館をリニューアルオープンした。歴史の道、七曲坂を改修した。 遺構太鼓櫓を市民緑地公園とした。これらの残された歴史遺構の点と点を結んで「玉縄城を偲ぶコース」という歴史の道の 構築を進めている。再発見アカデミアセミナーは20回目である。祭りでは、「玉縄城まつり」を立ち上げ 2014・10・18には、早雲と城主6代墓前祭法要会、城主奉納古武道演武、第九回鎌倉芸術祭参加、 重文古民家ライブを開催。内外から多くの観衆を集めましたー

ボランティアをする人の顔はいいなあ、とボランティアをしながら思う。社会に閉塞感が漂っている。 どこかオカしいとその行詰まりを肌で感じない人はいない。政治から「与えられる変革」を  We can change と信じる人もいない・・・そんなときも、確かな足取りで、 一ばん「いい顔」して汗をかいているのは、今、ボランティアをするひとじゃないかと思う。その顔は、 「こっちの水は甘いよ」という損得勘定の囁きにさっぱり反応せず、グローバルな視点、から始まって 今なお市場原理主義の信仰を説く如何なる洗脳の試みにも乗らず、システム疲労を起こして店仕舞い寸前 の社会でいかにスマートに立ち回り、いかに自分の利益のみ確定させるかに腐心するエゴにも縁がないかのようである。

ボランティアの力の源は「先駆性、自発性、無償性」にある。8年の経験から付け加えるとその力はいまの 社会が失っている「利他と協働と快感性」からくる。それは恐らく人間という生命システムの基本設計を忠実に 反映しているものではないか。そう思う。自分のためだけではない汗をかいてみれば実感できることだ。 真夏の直射日光を全身に浴び、黙々、ずぶずぶと汗みどろになって、それなのに時折呆れるほどの眩しい笑顔をみせながら、 草刈りをしている。側溝のゴミを運んでいる。落ち葉を掃いている。物思いに耽っているような目をして。 まるで「北京で蝶々が羽ばたくと、ニューヨークで巨大なハリケーンが起こる」という非線形の変化を予見するかのように。 この坂道の小さな蝶の羽ばたきがやがてこれからの時代に「巨大な変化」の嵐を巻起すことを疑わないかのように。 イメージメーカーの遠い目をして。

現実に、この地域に変化が起きている。歴史の道も、公園も、歴史資料館も、祭りも実現した。 それは地域エゴや行政エゴを離れ、市民と行政と地権者との「協働」に辿りついたときに、 当たり前のように実現した。「ボランティアと協働」、このお金にはならなくても生命システムに 「快」をもたらすような組合せこそ、これからの社会システム変換のカギになる筈だ。 すくなくとも人をエゴの俗物に貶めんとするアベノミクスへのカウンターパワーになり得るとしたら、 この無償の汗かき精神だろう。「貨幣を超えた新たな価値」を大切にする社会―ボランティアを するひとの目はそれを遠望している。そう感じる。

そしてもう一つ、気づいたことがある。ボランティアの活動は「托鉢」ではないかと。 ボランティアの汗かきは「喜捨」でもあると。釈迦は托鉢に出る弟子に言った。 貧しい家から喜捨を受けよと。托鉢は自分たちがもらうためにするのではない。 他人のよろこびのためにもらってあげるのである。喜捨=奉仕することで得られる歓びの ために托鉢=奉仕活動を行うのである。無償の汗かきは托鉢であり喜捨でもある 。宇宙は、きっとそれをよろこぶのである。そして宇宙が、われわれにあらたな歓びにして返してくれるのである。
(玉縄城址まちづくり会議 会長 荒井 章)





七曲坂 アダプトの看板




歴史の道 七曲坂

何重にも曲りながら玉縄城の壁面沿いの坂を登り、太鼓櫓址を経て大手門(現在の清泉女学院裏門) へと向かう市道が、歴史の道七曲坂です。この坂下から堅固な城構えを見上げ、上杉謙信が攻略を諦め兵を 退いたとも謂われるところ。また4代城主氏繁の妻の七曲殿の館があったところです。


<清掃・保全作業>
月例アダプト美化奉仕 月例アダプト美化奉仕 側溝の清掃点検

この道は、私たちが美化奉仕をするまでは路面が荒れ果て、アレルギーのもとになる外来植物カミヤツデが繁茂し、 殆ど通る人もいないような道でした。私たちは市道を管理する鎌倉市に協力しこの七曲坂の美化奉仕を続けると共に、 市へ働きかけ周辺地権者への働きかけによって、平成23年12月に史跡環境を損なわない配慮のもとに市道の改修が実現し、 それ以来、多くの市民に愛される道になっています

昔を偲ぶコースで 玉縄城築城500年祭

七曲坂の冠木門 冠木門の開通式 七曲坂入口の案内看板

玉縄城築城500年祭では、坂の中ほどに私たちの手づくりの冠木門を建て、陣幕を張りめぐらし、 30本以上の幟旗を立て、文字通り玉縄城を偲ぶご登城コースの舞台となりました。
歴史の道七曲坂―ここには玉縄城址の歴史自然を守りながら生活道路を維持しようという市民、 清泉女学院、みどり幼稚園、鎌倉市との協力によって復活した道です

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